ラーメンズ第5回単独公演『home』によせる
極私的な(未完成)ライブレポート by Yoh Kuroi

2000.1.30


――― そのトリックの"h" ―――Side-A(1999.8.7〜12.20)

2000年代最初のラーメンズ単独公演『home』。飽和状態のシアターDに前回敢えてこだわった彼らが、「吸収できることは吸収し尽くした」と自負して次に選んだハコは、席数300,満を持しての新宿シアターサンモールだ。一気に3倍膨らんだキャパにもかかわらず、チケットは即日完売。急遽土曜昼の追加公演が決定した。

公演を前に彼らから届いたフライヤーは、いつものごとく観客の深読みを挑発する。表には、家の模型を頭にすっぽりかぶって頬杖する人物が、裏面では、笑うラーメンズの間に立って二人と手をつないでいる。色調はグレーあるいはスモーキー。タイトルはオレンジ地に黒く太字で「home」。煙突に見立てられた小文字のhからは、白く細長いヒョウタン型の煙がたなびき、右端には小さくThe box filled with laugh..
そして、初めてみる「Rahmens」のロゴ。

常にカタカナ表記を掲げる「ラーメンズ」に対して、ファン、メディア、時にスタッフは、全くの恣意と偶然で様々なスペルを当てはめてきた。
Lamains、Ramens、Ramenz、Rahmenz、ra-mens、RA-MENZ...etc。
二人の意図を越えたところで起きた、延々と統一されないロゴの混乱。それ以前にコンビ名の由来すら、インタビューの度に変わる彼らの受け答えで、確かなことは藪の中。かつてライブのMCで漏らした「話を作っちゃうのは、別に面白いエピソードないから。だからもう訊くのは止めてくれ」が実際彼らの本心だろう。しかし2000年、第5回単独公演「home」を前に、ようやく二人が動き出した。

初めて公式に発信されたアルファベットの綴りは「Rahmens」。「なぜロゴに"h"を入れたのか?」と尋ねても、ブレーン小林賢太郎は、おそらく答えてくれないだろう。コンビ名同様、大した理由などないのかもしれない。しかし彼らが意図する・しないにかかわらず、の存在は「ラーメンズ」の偶然を必然に、無意味を有意味に変える極上の「トリック」になる。

「Ra"h"men」はドイツ語で「枠」を意味する男性名詞。そこに複数を表す英語のS。フライヤーがA4×B5という二つの枠を重ねた変則的なサイズであるように、このロゴもドイツ語と英語にまたがっている。「Rahmen+s=複数の枠」。お笑いか演劇か、先入観による二者択一的なカテゴライズを拒み、アートと称されることすら笑い飛ばす彼らは、既存の枠には収まりきらない。
一度は生み落とされた彼らのコントも、その後成長する植物のように、常にアレンジを加えられて、幾つもの新しいフォルム(枠)を手に入れる。作品も、彼ら自身のあり方も、確固たる個性的な型を持ちながら、そこからはみ出し、潜在的に複数の枠を孕んでいるのだ。

トリックのが突然鮮やかに呼び出した「複数の枠」は、いわゆる「ラーメン」の奥で息を潜めていた、彼らを象徴するに最もふさわしいイメージではないかと思う。かつて単独公演のモチーフとなった「箱」も「キューブ」も、最高のバランスで構成された複数の直線的な枠による産物だ。 そして次に選ばれたタイトルは「HOUSE」ではなく「home」。常に新しい枠を求めて進化し続けるラーメンズは、直線的物体的な枠だけでなく、曲線的情緒的な枠への拡大をも意識したのだろうか?

フライヤーには「お家」の模型とマークが刷り込まれている。窓も戸も「箱」の蓋のように開閉自由で、屋根や壁は「キューブ」のごとく内部を密閉する。過去二つのモチーフを抱えてなお、その延長線上にある「煙突」が今回の主役だろう。煙突と煙を表現するためにも「home」のロゴは、一本だけ突き出た縦の直線と柔らかな曲線を持つ「小文字」でなくてはならない。そこからたなびく煙は、閉じられた内部を外部へと表現する。"The box filled with laugh."「箱家の頭」いっぱいに詰まった「形以前の笑い」は、煙色の衣装を着た二人の演技が重なって、様々な輪郭を手に入れるに違いない。

片桐仁――彼のオーラは空気を、空間そのものを造形する。「絵になる男」という2次元レベルの陳腐な形容は、彼の次元を越えた強烈な存在感の前ではなんの意味も持たない。「片桐仁」のゲイジュツ的なサインの中央には、象られた目が1つ。本人の存在感と同様に、一度とらわれてしまったら、「時間」さえも立ち止まる。

小林賢太郎――クールで貪欲な表現者。脚本・デザイン・芝居・手品、1次元から3.5次元までを縦横無尽に駆け抜ける彼の「笑い」は、驚きで観客を魅了する奇術に似ている。ファーストネームだけをシンプルにデザイン化したサインのスペルは、「Kentaroh」。

そのトリックの"h"は奇術師自身の中にもさり気なく存在している。





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